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大阪地方裁判所 昭和39年(行ク)22号 決定

申立人 南機械産業株式会社

被申立人 東税務署長

主文

被申立人が申立外南機械工業株式会社に対する滞納国税徴収のため昭和三八年七月一五日別紙目録記載の物件につきなしたる滞納処分手続の続行は本案判決をなすに至るまでこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

申立人は、主文第一項同旨の決定を求め、その事由として述べるところの要旨は次のとおりである。

一、被申立人は申立外南機械工業株式会社(以下申立外会社という)の滞納にかかる国税徴収のため昭和三八年七月一五日申立人本店にある別紙目録記載の物件(以下本件物件という)につき差押処分をなした。

二、本件物件は申立外会社の所有ではなく、同会社から申立人が昭和三七年八月二日代金合計百一六万円にて買受けてその所有権を取得したものである。というのは、申立外会社は昭和三七年七月頃まで、その本店所在地である大阪市東区法円坂町六番地で営業していたが、その頃融通手形の交付先川副武美の倒産により約三千二百万円の損失を蒙り倒産したので申立人代表者は申立外会社の三十名の従業員の生活を守り且つ生産設備を有効に活用するために二、三の出資者の協力を得て同年八月二日新たに申立人会社を設立し、同日申立外会社が所有していた生産設備である本件物件を含む工作機械類を計二百一万円にて買受けて営業をなして来たのであつて、被申立人も亦本件物件が申立人の所有であることを承認していたものである。従つて被申立人は本件差押処分前たる昭和三七年九月一〇日既に右の売買の事実を承認してその売渡代金債権二百一万円の差押処分をなしたのであつた。そのため申立人は被申立人に対し今日まで合計二八万五千円の支払をなし来つたのである。ところで被申立人は一方においては債権差押処分を続行しながら申立外会社に対する滞納税金徴収のため昭和三八年七月一五日申立人の所有となつた本件物件に対し差押処分をなしたのである。

三、よつて申立人は本件差押処分につき昭和三八年七月二五日被申立人に対し異議の申立をなしたがこれについて被申立人は何等の決定をなさないばかりでなく昭和三九年九月一〇日何らの理由も示さずして右債権差押処分を取消し本件差押物件を同年一一月六日公売する旨の通知をなして来たのである。

四、被申立人が右の異議申立について何らの決定もなさないままで差押物件の公売をなすのは違法(国税通則法第八四条第一項)であるばかりでなく、申立外会社の滞納税金徴収のため申立人所有の物件に対し差押処分を受くべきいわれはないからその処分の取消を求めるため訴を提起した。

ところで本件差押物件を昭和三九年一一月六日公売に付する旨通知して来たのであるが、申立人は生産設備の主要なものを失い、営業を廃止しなければならず、三十名の従業員を含めた営業関係者の生活の手段をも失うことになり回復しがたい損害を蒙ることになる。しかも一度は昭和三九年一一月六日に公売に付する旨の通知をして来たほどであるから、いつなん時公売に付されるかもわからないのであるから本件滞納処分の続行の停止を求める緊急の必要がある。

(疎明省略)

被申立人は右に対する意見として、述べる要旨は次のとおりである。

一、申立人の本案訴訟は理由がない。

(1)  申立人は本件物件に対する差押処分(昭和三八年七月一五日)に対し同年七月二五日異議の申立をしたと主張しているが異議の申立をした事実は全くないので、本件差押処分取消の本案訴訟は国税通則法第八七条所定の不服申立前置を欠く不適法な訴で却下を免れ得ない。

(2)  本案訴訟は実体上においても理由がない。

本件差押物件は申立人において昭和三七年八月二日申立外会社から譲受(買受)けたから申立人の所有であると主張しているが、これは全く理由のないものである、右の譲渡(売買)は無効である。申立外会社は経営の不手際から倒産し、同会社の役員は債権者の追及を怖れ同年八月二日いわゆる第二会社である申立人会社を設立し、申立外会社の所有していた事業遂行に不可欠な工作機械(本件差押物件はその一部)設備、工具、什器、原材料等主要動産、工場建物、売掛金、買掛金及び営業権等を申立人に譲渡するとともに従業員、仕入先、得意先等の取引先関係をも引継ぎ申立外会社の代表取締役南宗二郎が自ら申立人の代表取締役に就任している。これは総括的な組織体としの「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」であつて単なる営業財産の譲渡でない。かような譲渡は商法第二四五条によつて株主総会の特別決議を要する。ところが右譲渡について申立外会社においては株主総会を開いたことも、従つて株主総会の特別決議をしたこともないから右譲渡は当然無効である。

被申立人は当初その無効を知らず、昭和三七年九月一〇日右譲渡(売買)の代金債権二百一万円の差押をしたが、その後その無効従つて債権差押の無効を知るに至り本件物件の差押をすると共に、無効を確認する意味で代金債権の差押を取消したのである。

二、本件申立については、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとはいえない。

(1)  行政事件訴訟法第二五条第二項の回復困難な損害とは、金銭賠償によつて受忍することのできない損害を意味するが、公売処分の執行によつて通常生ずる損害は、当該物件の所有権の喪失であり、これは後日の金銭賠償によつて償い得ること明らかであるから回復困難な損害とはいえない。

(2)  仮に公売によつて所有権喪失の結果、営業に何らかの支障を及ぼすとしても、本件差押物件は申立人所有の動産の一部にすぎず、申立人主張のように生産設備の主要なものを失うというわけではないから公売処分が執行されたからといつて申立人が営業を廃止しなければならないものではない。公売処分の執行により営業関係者の生活の手段を失うこともないので回復し難い損害を生ずるということはできない。

(3)  本件差押処分がなされたのは昭和三八年七月一五日であり、以来一年四ケ月の期間を経過しているのであるから申立人としては公売処分執行が切迫するのをまたず、その間何らかの措置をとることによりかかる事態の生ずることを避け得た筈である。従つて本件申立については回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるということはできない。

(疎明省略)

当裁判所は次の通り判断する。

申立人、被申立人提出の各疎明資料によると、被申立人は申立外会社の滞納にかかる国税徴収のため昭和三八年七月一五日本件物件につき差押処分をなし、昭和三九年一一月六日公売をなす旨の通知をなしたことが認められる。

しかして、申立人が右滞納処分による本件物件の差押に対し、動産差押処分取消の本案訴訟を当裁判所に提起し、現に係属中(当庁昭和三九年(行ウ)第六八号事件)であることは、当裁判所に顕著な事実である。

そこで本件申立が執行停止の要件にかなうかどうかについて以下順次検討する。

まず、本案について理由がないとみえるときは、執行停止はこれをすることが出来ない(行政事件訴訟法第二五条三項)のであるから、本件の場合本案について理由がないとみえるかどうかについて考察するに、疎甲第一号証差押調書、同第三号証売買契約証、同第六号証報告書によると、昭和三七年八月二日申立外会社は申立人に対し本件物件を含む機械設備什器等を代金二百一万円で売却してその引渡をなしたこと、被申立人が申立外会社に対する滞納税金徴収のため昭和三八年七月一五日本件物件の差押をなしたのでこれに対し申立人は同年同月二五日異議の申立をなしたことが一応認められる。また、疎甲第四号証債権差押通知書によると、被申立人は右売買の事実を認め申立外会社が申立人に対して有する右売却代金債権を申立外会社の滞納税金の徴収のため差押えたことも一応認められるところである。

勿論被申立人は、申立人から何らの異議の申立がなかつたから本案訴訟は国税通則法第八七条に定める不服申立の前置を欠く不適法な訴として却下を免れない、又昭和三七年八月二日の本件物件を含む譲渡(売買)は申立外会社の株主総会の特別決議を欠き無効である、右譲渡の無効を知らず一時代金債権を差押えたが、これを取消して本件物件の差押をなしたものである旨主張するのである。なるほど、疎乙第一号証報告書によると本件差押について申立人から異議申立がなかつた如く一応窺い得られるし、また疎甲第五号証取消解除通知書及び疎乙第八号証差押取消通知決議書によると、被申立人は昭和三九年九月一二日前記譲渡(売買)代金債権の差押の取消をなしたことが一応窺えるところである。しかし真実異議申立がなされたか否か、本件物件を含む譲渡行為が無効か否かは本案たる動産差押処分取消事件(昭和三九年(行ウ)第六八号事件)の口頭弁論の審理を経て確定さるべき事柄であつて、申立人の主張が前記の如く一応疎明される以上、この段階においては本案訴訟につき一応理由がないとはみられないから本件申立は右要件に欠けるところはないというべきである。

次に、本件の場合回復の困難な損害を避けるため緊急の必要ある(同第二項)かどうかについて考察する。もとより本件物件が公売されたからといつて、これを本件物件自体のみの観点からいえば、必ずしもこれが原状回復が全く不能になるとか、或は金銭賠償による救済のみちが全然閉ざされるというわけではないけれど、疎甲第六号証報告書、本件物件自体によると、申立人は三十名位の従業員を使用しており、本件物件は申立人会社の生産設備の重要な機械であるから、これを失えば申立人の営業は停止しなければならず、これらの機械を新たに購入するということは早急に実現し得らるべきものではない。従つて申立人会社は勿論、多数の従業員等の生活はたちまち支障を来たし路頭に迷わしめる虞れのあることが一応窺えるのである。これらの点を社会通念に照らして考え合わせると、本件の場合、本件物件が公売されることによつて申立人の被むる損害は回復困難なものと認めるのが相当である。

また、本件にあつては、被申立人において、いつなん時にても本件物件を公売に付し得る段階にあるから申立人は右損害を避けるため滞納処分手続の続行停止を求める緊急の必要あるものと解すべきである。

よつて、申立人の本件申立を理由あるものと認め、行政事件訴訟法第二五条に則り、なお申立費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石崎甚八 潮久郎 安井正弘)

(別紙)

目録

一、横中ぐり5HPモーター付     壱台

二、シカル盤7.5HPモーター付     壱台

三、シカル盤3HPモーター付     壱台

四、横フライス盤2HPモーター付   壱台

五、ラジアルボール盤3HPモーター付 壱台

六、旋盤六尺            壱台

七、セーパー段車          壱台

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